監修弁護士 大西 晶弁護士法人ALG&Associates 千葉法律事務所 所長 弁護士
夫婦には、日常生活を送るうえで必要になる費用である“婚姻費用”を分担する義務があります。婚姻費用の分担義務は、たとえ夫婦仲が不和になって別居することになったとしても、離婚しない限りは継続します。そのため、別居期間中、配偶者のうち収入が多い一方は、他方に対して毎月一定額の婚姻費用を支払う必要が出てきます。
婚姻費用の金額は、通常は「婚姻費用算定表」を参照して決めることになります。このページでは、婚姻費用算定表に焦点をあて、概要やまつわる疑問などについて解説していきます。ぜひ、最後までお目通しください。
婚姻費用算定表とは
婚姻費用の金額や支払方法などの条件は、当事者間で好きなように定めることができます。ただし、婚姻費用は配偶者の一方が別居中の生活費に充てる金銭となるため、できる限り早急に取り決める必要があります。
そこで便利になるのが、婚姻費用算定表です。婚姻費用算定表は、平成15年に東京と大阪の裁判所の裁判官が判例タイムズで公表した司法研究結果であり、簡易迅速に、また合理的に婚姻費用を算定できるため、広く家庭裁判所の実務で利用されるようになりました。令和元年12月には、現在の実情にあわせて改定も行われています。
この婚姻費用算定表を使用すれば、個々の家庭の事情にあった婚姻費用の相場を簡単に算出することが可能になります。そのため、最近は調停などの裁判所の手続きの場のみならず、夫婦の協議においてもよく用いられているようです。
婚姻費用算定表の使い方
それでは、実際にどのように算定表を用いて婚姻費用を求めればよいのか、段階を追って解説していきます。
お互いの年収を調べておく
算定表を使用する前の準備として、まず夫婦のお互いの年収を調べておく必要があります。以下で年収の調べ方を、給与所得者の場合と自営業者の場合に分けて説明します。
給与所得者の年収の調べ方
給与所得者の年収は、源泉徴収票の「支払金額」を基準とします。つまり、給与所得控除や所得控除がなされる前の金額から認定するということです。
給与明細書から算出することもできますが、歩合給や残業代のために月々の変動が大きいこともありますし、ボーナスや一時金が含まれていないため、注意しなければなりません。
また、副業などの収入で確定申告していない分があれば、その額も源泉徴収票の「支払金額」に加算する必要があります。
自営業者の年収の調べ方
自営業者の年収は、確定申告書の「課税される所得金額」を基準とします。ただし、「課税される所得金額」は様々な控除がなされた額であるため、実際には支払っていない費用(基礎控除、配偶者控除、雑損控除、青色申告特別控除、実際には支払っていない専従者給与等)を加算する必要があります。
そのため、自営業者の年収を求める計算式は、基本的には次のようになります。
「所得金額合計」-「社会保険料控除」+「青色申告特別控除額」+実際には支払っていない「専従者給与(控除)額の合計額」
裁判所のHPから最新版の婚姻費用算定表をダウンロードする
年収を調べたら、裁判所のホームページから婚姻費用算定表をダウンロードしましょう。該当ページは以下から確認することができます。
婚姻費用算定表(裁判所)算定表は養育費の分も含めて表1~表19まであり、婚姻費用はこのうち表10~表19が該当します。これらの表は子供の有無・人数・年齢ごとに分類されているため、自分の家族構成に一致するものを選びましょう。
支払う側と受け取る側の年収が交わる箇所を探す
婚姻費用を支払う“義務”を負っている側を「義務者」、もらう“権利”を有する側を「権利者」といい、算定表の縦軸には義務者の年収が、横軸には権利者の年収が記されています。縦軸・横軸ともに、給与所得者と自営業者で枠が分かれていますので、該当するほうを確認してください。義務者と権利者それぞれの年収に最も近い数字を探します。
当てはめる年収額が見つかったら、義務者は右方向に、権利者は上方向に線を引っ張ります。これらの線が交わる箇所が、あなたの場合でいう月々の婚姻費用の相場となります。
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婚姻費用算定表が自分のケースに当てはまらない場合
婚姻費用算定表には、子供が4人以上いる家族構成の表は存在しません。また、子供が複数名いても、全員が権利者と一緒に別居をしているケースしか想定されていません。そのため、自身のケースに当てはめることができない方もいらっしゃるかと思います。
この場合、算定表のもととなる計算式を使うことで、ご自身のケースに合った婚姻費用を求めることが可能になります。計算式では、夫婦の基礎収入の合計を、夫側と妻側それぞれの生活費指数に基づいて按分して、双方が本来必要とする生活費を算出し、基礎収入との差額を婚姻費用とします。
しかし、この計算は少々複雑になるため、弁護士に相談して自身のケースの相場を確認することをお勧めします。
婚姻費用算定表に関するQ&A
婚姻費用を算定表より多くもらうにはどうしたらいいですか?
婚姻費用算定表では、一般的に必要と考えられる範囲の食費・住居費・被服費・子供の生活費・医療費・娯楽費・交際費などを生活費として想定して、相場を設定しています。そのため、この他に特別な出費がある場合は、配偶者に増額してもらうよう協議や調停の場で交渉しなければなりません。
婚姻費用を増額してもらいやすいのは、持病のため医療費が高額になるケースや、子供が私立学校に通っているケースなどが代表的です。
子供はおらず、妻は専業主婦、私は給与所得者です。年収350万~450万円の場合、婚姻費用相場が6万~8万円となっているのですが、年収450万円に近ければ8万円という考え方で良いのでしょうか?
夫婦のみの家庭ということなので、婚姻費用算定表の表10を参照します。給与所得者の義務者の年収「350万~450万円」と、専業主婦の権利者の年収「0円」が交わる箇所を見ると、たしかに「6万~8万円」という記載があります。
これは、「義務者の年収が450万円ならば婚姻費用は8万円」という意味の表記ではなく、「各家庭における個別の事情を6万~8万円の範囲で調整して婚姻費用を定めましょう」という意味です。婚姻費用の具体的な金額を算定表で定めてしまうのが適当でないケースもあることを想定して、このように金額に幅を持たせてあるのです。
婚姻費用算定表の金額に、子供の学費は含まれていますか?
婚姻費用には、子供の学費ももちろん含まれています。ただし、算定表では公立学校の学費を基準としている点に注意が必要です。また、子供の塾代や習い事代なども含まれていません。
私立学校の費用や塾代などについては、義務者が合意しているのであれば、婚姻費用の相場の額に上乗せすることができます。反対している場合であっても、夫婦双方の学歴・収入・社会的地位などを踏まえて、私立学校への進学や塾通いが適当と認められればその分が加算されるでしょう。
専業主婦は収入0のところを見ればいいでしょうか?年収100万円として考えることもあると聞いたのですが…
専業主婦は、パートや内職などによる収入が全くなければ、基本的には収入0として婚姻費用を算定します。ただし、これは子供が小さくて育児に専念しなければならない場合や、持病があって働くことができない場合などに限られます。
これらの特別な事情はなく、働く能力はあるけれど専業主婦をしているような場合は、パート程度の年収(約100万円)があるものとみなして(潜在的稼働能力といいます)婚姻費用を定めることもあります。
義務者である夫は年金生活者です。年金を収入とみなして婚姻費用算定表を使えばよいでしょうか?
年金も給与のように定期的に得られる金銭なので、婚姻費用を導き出す際の収入に含まれます。ただし、算定表の給与所得者の年収の欄を、そのまま年金生活者の年収とみなして算出するのは適当ではありません。
給与所得者は、通常、働く際にスーツ代や交通費、交際費といった「職業費」がかかります。算定表の婚姻費用は、この職業費を控除したうえで計算されたものになります。
年金生活者の場合、職業費を控除する必要はないので、そのまま算定表に当てはめてしまうとやや低めの婚姻費用額が算出されてしまうことになります。正しい金額を算出するための計算式は複雑なので、詳しくは弁護士に確認してみるとよいでしょう。
弁護士がそれぞれの事情を考慮して婚姻費用を算定します
婚姻費用の相場を求めていくにあたり算定表の使い方について、ご理解いただけたでしょうか。別居を予定されている方や、現在別居中の方は、ぜひ算定表を使って婚姻費用を算出してみましょう。
しかし、中には算定表で算出するのが難しい家庭もあるでしょう。算定表のもととなっている計算式を使えば求められるケースもありますが、高額な医療費や私立学校の学費、住宅ローンといった支出がある場合は別に検討しなければなりません。
離婚事件に詳しい弁護士ならば、過去の事例を踏まえて、個々の事情に応じた婚姻費用を導き出すことができます。婚姻費用の問題は、なるべく早めに解決するのが望ましいので、お困りの方は一度弊所にご相談ください。
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保有資格医学博士・弁護士(千葉県弁護士会所属・登録番号:53982)