監修弁護士 大西 晶弁護士法人ALG&Associates 千葉法律事務所 所長 弁護士
改正労働施策総合推進法、いわゆる「パワハラ防止法」が、大企業では2020年6月から、中小企業では2022年4月から施行されました。
これにより、すでに法律上義務化されている「セクハラ」「マタハラ」の防止対策に、「パワハラ」の防止対策も加わり、業種や規模にかかわらず、すべての事業主に、3つのハラスメント全てについて、防止のために必要な対策を講じることが義務付けられました。
ハラスメントの防止対策を怠ると、厚生労働大臣から指導・勧告を受ける、企業名が公表される等のリスクを受ける可能性があるため、注意が必要です。
本記事では、各種ハラスメントの内容、企業がどのようなハラスメント防止対策に取り組めばよいのか、ハラスメントが発生した場合の対応方法等について解説していきますので、ぜひご一読ください。
目次
ハラスメント問題による企業リスク
企業内でパワハラやセクハラなどのハラスメント問題が発生すると、企業には以下のようなリスクが発生します。
・損害賠償を請求される
ハラスメント行為を放置するなど、適切な防止対策を怠った場合は、加害者だけでなく、会社に対しても、使用者責任(民法715条)や労働契約上の安全配慮義務違反(民法415条)に基づき、損害賠償が請求される可能性があります。
・企業イメージの悪化
ネット(Googleの口コミや転職サイトなど)やSNSを通じて「ハラスメント問題を放置するブラック企業」との風評が広がり、企業イメージが悪化し、採用や業績などに悪影響を与える可能性があります。
・従業員のモチベーションの低下
社内でハラスメントが横行すると、従業員のモチベーションが低下して生産性が落ちたり、従業員のメンタルの不調を招いて、離職率が高まったりする可能性があります。
・労災認定を受ける可能性がある
ハラスメントの被害者がうつ病などの精神病を患ってしまった場合、職場内のハラスメントにより精神障害を発症したとして、労働災害として認定される可能性があります。
・厚生労働大臣による指導や勧告、企業名の公表
雇用機会均等法等の法律は、事業主にセクハラ、マタハラ、パワハラ防止措置を講じるよう義務付けています。
防止措置を怠った場合、罰則はありませんが、厚生労働大臣による指導や勧告、勧告に従わない場合は、企業名の公表が行われる可能性があります。
企業で問題となりうる代表的なハラスメント
職場で発生しうる代表的なハラスメントを、以下でご説明します。
パワーハラスメント(パワハラ)
パワーハラスメントとは、同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係など職場内での優位性を利用して、業務の適正な範囲を超えて、心身に苦痛を与えたり、就業環境を悪化させたりする行為をいいます。
パワハラは上司から部下だけでなく、部下から上司、同僚同士など、社内のどの関係においても発生する可能性があるため、注意が必要です。
例えば、上司が部下を人前で長時間叱責する、専門知識を持つ部下が上司を馬鹿にする、同僚に人格を否定する発言を行う、集団で無視をし、職場で孤立させるような行為が該当します。
セクシュアルハラスメント(セクハラ)
セクシュアルハラスメントとは、職場内で行われる、労働者の意に反する性的な言動に対する労働者の対応により、その労働者が労働条件について不利益を受けたり、性的な言動により就業環境が害されたりすることをいいます。
例えば、部長が部下に性的関係を要求したが断られたため、部下を解雇したり、自身の性的な情報が同僚により社内中に漏らされ、精神的苦痛を受けて出勤できなくなったりするようなケースが該当します。
また、異性間だけでなく、同性間においてもセクハラが成立するため注意が必要です。
マタニティハラスメント(マタハラ)
マタニティハラスメントとは、女性労働者が、妊娠・出産したことや、産前産後休業・育児休業などの休業制度の利用を申し出・取得したことを理由として、職場内で嫌がらせを受け、就業環境が害されることをいいます。
例えば、妊娠したことを上司に申し出たら「代わりの社員を雇うので、あなたは退職した方がいい」と言われる、育児休業を申し出たら「育児休業をとるなら、出世させない」と言われる、「あなただけ短時間勤務で周りが迷惑している」と言われるようなケースが該当します。
その他問題となるハラスメント
他にも、育児休業等を取得する男性労働者に嫌がらせをする「パタニティハラスメント」や、人格否定・無視など精神的暴力を行う「モラルハラスメント」、性別による固定観念をもとに差別する「ジェンダーハラスメント」、仕事の範囲内で上司が部下に注意しただけで、ハラスメントされたと主張する「ハラスメントハラスメント」などのハラスメントも、昨今問題となっています。
問題となりうるハラスメントの行為
職場で問題となりうるハラスメントの行為を、下表にまとめましたので、ご確認ください。
ハラスメントの種類 | ハラスメント行為 |
---|---|
パワーハラスメント(パワハラ) |
|
セクシュアルハラスメント(セクハラ) |
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マタニティーハラスメント(マタハラ) |
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パタニティハラスメント(パタハラ) |
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モラルハラスメント(モラハラ) |
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ジェンダーハラスメント(ジェンハラ) |
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各種ハラスメント問題における企業の法的義務
事業主には、労働者に対する安全配慮義務があるため(労働契約法5条)、職場でのハラスメントを防止する義務を有します。
そのため、これを怠れば、安全配慮義務違反として、損害賠償責任を負う可能性があります。
また、「雇用機会均等法」「育児介護休業法」「労働施策総合推進法」等の法律により、労働者の職場環境が悪化しないよう、ハラスメントの防止措置を講じることが、事業主に義務付けられています。
3つのハラスメント全てについて防止措置を果たさないと、厚生労働大臣による指導・勧告を受けたり、悪質と判断された場合は、社名が公表されたりするおそれがあります。
ハラスメントの措置義務の具体的な内容は、厚生労働省が公表する「指針」に書かれていますので、これらを参考にして、実際の取組みを決定し、実行することが必要です。
パワハラ防止法の成立と企業の取り組み
改正労働施策総合推進法(パワハラ防止法)が、大企業は2020年6月から、中小企業は2022年4月から適用され、すべての企業において、パワハラ防止のために必要な措置を講じることが法律上義務付けられました。
本法が企業に義務づける措置は、以下のとおりです。
- ①事業主によるパワハラ防止の社内方針の明確化と周知・啓発
- ②苦情などに対する相談体制の整備
- ③被害を受けた労働者へのケアや再発防止
- ④①から③までの措置と併せて講ずべき措置
本法の適用により、今後、パワハラ防止措置を講じる義務を怠った企業に対しては、より損害賠償責任が認められやすくなることが想定されるため、注意が必要です。
企業が行うべきハラスメント防止策
ハラスメントに関する法律により求められる、企業が行うべきハラスメント防止策として、主に以下の4つの措置が挙げられます。
ハラスメント防止策の明確化・社内周知
社長など企業のトップが、会社としてハラスメントを許さないことを、トップメッセージや社内研修などにより従業員に周知させることが必要です。
また、それに加えて、就業規則等にハラスメント規定を設け、どのような言動がハラスメントにあたるのか、ハラスメントの明確な禁止、ハラスメントに対応する際のルール、ハラスメントがあった場合は厳正に処分する旨を明記し、従業員に周知させなければなりません。
対応窓口の設置
ハラスメントの相談窓口をあらかじめ設置し、社内研修やポスター掲示、社内報などにより労働者に周知します。
また、実際に相談があった場合の対応方法を、マニュアル作成や相談担当者への研修によって準備しておくことが必要です。
また、社内だけでの対応に不安がある場合は、相談窓口の外部委託サービスなどを利用するという方法も検討すべきでしょう。
関係者のプライバシー保護・不利益取り扱い禁止
ハラスメントに関する内容はプライバシーに関わる内容であるため、ハラスメントの関係者(相談者、行為者、目撃者等)のプライバシーを保護する必要があります。
実際に相談を受けたら、プライバシーに配慮した相談場所・日時を設定し、相談内容を周囲に漏らさないことや、相談者の了承なく、行為者に事実確認しないこと等に留意しなければなりません。
また、法律により、ハラスメントの相談や調査協力を行った労働者に対する不利益取り扱いが禁止されています。
労働者がハラスメントについて相談したり、事件解決に協力するため事実を述べたりしたことを理由として、降格や解雇など不利益な取り扱いをしてはいけません。
企業内でハラスメントが発生した場合の対応
ハラスメント防止対策を講じても、ハラスメン卜の完全防止は不可能です。
実際にハラスメントが起こってしまった場合は、事実関係を確認し、ハラスメントに該当するか否かを判断し、被害者へフォローアップを行い、加害者に適切な処分を下す必要があります。
事実関係の確認
まず被害者から、受けたハラスメントの内容、日時・場所、ハラスメントが行われるまでの経緯等についてヒアリングを行いましょう。
次に、被害者の了承を得たうえで、加害者にもヒアリングを行います。
被害者の主張するハラスメントが事実であるのか、加害者と被害者の事件以前・以後の関係などについて聞き取りを行います。
また、お互いの言い分が異なる場合は、同僚など第三者にもヒアリングを行います。
ヒアリングの際は、当事者それぞれの言い分を、中立の立場で聞くことがポイントです。
なお、これらの聞き取り調査は、当事者が会社に居づらくならないよう、できる限り他の従業員に漏れないよう進めなければなりません。
ハラスメントの判断基準
次に、事実関係の調査結果をもとに、ハラスメントに該当するか否か判断します。
【パワーハラスメント】
パワーハラスメントは、労働施策総合推進法によると、以下の3要素すべてを満たすものであると定義されています。
- ①職場内で行われる優越的な地位を利用した言動
- ②業務の適正な範囲を超えて行われたもの
- ③労働者の就業環境が害されたもの
①「優越的な地位」とは、年齢や役職、立場が上であるだけでなく、経験や知識が上であるなどの状況も含まれます。
パワハラは上司から部下だけでなく、部下から上司、同僚同士など、いかなる関係においても発生し得ます。
②「業務の適正な範囲を超えて行われた」とは、必要以上に長時間叱責する、無能呼ばわりするなど業務に必要のない言動が該当します。
一方、無断欠勤を注意するなど、業務の適正な範囲内で行われた指示命令等であれば、パワハラには該当しません。
③「就業環境が害された」とは、パワハラにより心身が不調になり、出勤できなくなる、又は働きづらくなるなどの状況をいい、社会⼀般の労働者がどう感じるかを基準に、害されたかどうか判断します。
【セクシュアルハラスメント】
セクシュアルハラスメントとは、雇用機会均等法によると、以下の3要件を満たすものであると定義されています。
- ①職場において行われたこと
- ②労働者の意に反する性的な言動
- ③性的な言動への対応により労働条件につき不利益を受けたこと、または性的な言動により就業環境が害されたこと
①「職場」とは、オフィス内だけでなく、出張先、取引先、参加が強制されている懇親会の場なども含まれます。
②「性的な言動」とは、身体的な接触だけでなく、相手が嫌がっているのにわざと性的な話をするような行為も含まれます。
③「労働条件につき不利益を受ける」とは、性的関係を拒否したら、降格、減給、異動、解雇されたようなケース、「就業環境が害された」とは、性的言動を受けて心身不調となり、出勤できなくなったようなケースが該当します。
セクハラに該当するか否かは、被害者が女性であれば、「平均的な女性労働者の感じ方」を、被害者が男性であれば、「平均的な男性労働者の感じ方」を基準とし、セクハラの態様や頻度、本人の精神的苦痛の大きさなど個別の事情を考慮して判断します。
【マタニティハラスメント】
厚生労働省は、マタハラを以下の2つのタイプに分類しています。
①制度等の利用への嫌がらせ型
産前産後休業や育児休業、子の看護休暇など、出産・育児に関する制度の利用を妨害する言動、または制度を利用した労働者への嫌がらせの言動が該当します。
例えば、子の看護休暇をとろうとしたら、上司から「明日は人手が少ないから、休まれたら困る」と言われる、同僚から「あなたの短時間勤務で他の従業員は迷惑している」と言われるようなケース挙げられます。
②状態への嫌がらせ型
妊娠・出産したこと自体に対する嫌がらせの言動が該当します。
例えば、上司に妊娠したことを申し出たら、「他の人を雇うので早めに退職してもらうしかない」と言われるようなケースが挙げられます。
ただし、業務分担や安全配慮などの理由から、客観的に見て、業務上の必要性に基づく言動であるならば、マタハラには該当しません。
例えば、女性労働者側である程度調整ができる休業等について、取得時期の変更を頼むような行為は、マタハラにあたらないといえます。
加害者・被害者への対応
ハラスメントと認定された場合、被害者に対してはフォローを、加害者に対しては必要な処分を下す必要があります。
被害者へのフォローアップ
被害者に対しては、本人の意向を確認したうえで、被害者と加害者の関係改善のためのサポート、もしくは当事者同士を引き離すための配置転換、被害者の労働条件の回復、被害者の心身の不調へのカウンセリング対応など、職場環境を改善する措置をとります。
この際、基本的に、被害者に対する不利益処分を行うことはできないことに、十分留意する必要があります。
加害者への処分
加害者に対する処分(懲戒処分、改善指導など)を決定・通知します。
ただし、大前提として、就業規則等にハラスメントに関する懲罰の条文が定められており、従業員に周知されていることが必要です。
懲戒処分の種類は、軽い順から、「戒告・譴責・訓告」、「減給」、「出勤停止」、「降格処分」、「諭旨解雇」、「懲戒解雇」などが挙げられます。
なお、処分を不服として裁判を起こされる可能性もあるため、処分を下す前に、加害者に弁明の機会を与えることが必要です。
弁護士へハラスメント問題を依頼するメリット
職場内におけるハラスメントは、雇用管理上の問題であり、裁判等においても会社の責任は広く認められる傾向にあります。
そのため、「個人間のトラブルであって、会社には責任がない」との態度では済まされないことを認識し、適切なハラスメント対策を講じる必要があります。
ハラスメント対策については、ぜひ企業側の労務に精通した弁護士に依頼することをお勧めいたします。
弁護士であれば、ハラスメントが発生した場合の調査、ハラスメント行為者との交渉、労基署や団体交渉への対応、労働審判・裁判になった場合のサポートなど、ハラスメント問題について全面的なサポートを行うことが可能です。
弁護士法人ALGは、企業側の労働問題について数多くの経験や実績を有し、ハラスメント問題について様々な面でお力になることが可能です。
ハラスメント対策でお困りの企業の方は、ぜひ弊所にご相談下さい。
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