労務

残業代請求対応、未払い賃金対応

千葉法律事務所 所長 弁護士 大西 晶

監修弁護士 大西 晶弁護士法人ALG&Associates 千葉法律事務所 所長 弁護士

残業代請求や未払い賃金請求は、労使間トラブルの中でも特に多いトラブルのうちのひとつです。

会社側がこれらの請求を放置すると、従業員より労働基準監督署へ申告されたり、訴訟を提起されたりするなどのトラブルへと発展する可能性があるため、誠実な対応が求められます。

そこで、本記事では、賃金の支払いについてのルールを再確認したうえで、従業員から残業代・未払い賃金を請求された場合の対応方法や考えられる反論、そもそも残業代・未払い賃金を請求されないような制度構築などについてご紹介しますので、ぜひ参考になさってください。

未払い賃金・残業代請求のリスク

会社が未払い賃金・残業代を請求された場合のリスクとして、以下のようなものが挙げられます。

そのため、従業員から未払い賃金等を請求された場合は、決して放置せず、会社として誠実に対応することが必要です。

・労基署による是正勧告や刑事罰を受ける可能性がある

従業員が労働基準監督署に未払い賃金等の件を申告すると、労基署による立ち入り検査が行われ、是正勧告を受ける場合があります。
勧告に従わずに放置した場合や、未払い賃金等が多額になるなど悪質と判断された場合は、刑事罰を受ける可能性があります。

・労働審判や裁判を起こされる可能性がある

従業員から労働審判や民事裁判を起こされる可能性があり、適切に対応しなければ、労働者の主張が認められてしまうことがあります。
また、労働基準法違反の場合において未払金が支払われない場合、労働者の請求により、裁判所は、使用者の違反の程度や態様、労働者の不利益の性質や内容等を考慮して、未払金のほかにこれと同一額の付加金の支払いを命ずることができるとされています。

・企業イメージの悪化、従業員のモチベーションの低下

是正勧告や訴訟の提起を受けると「残業代を支払わないブラック企業」という風評が広がり、企業イメージが悪化することも考えられます。
それにより、求人応募者の減少、従業員のモチベーションの低下、売上の低迷へとつながる可能性があります。

・他の従業員から未払い賃金・残業代を請求される可能性がある

ある従業員の未払い賃金請求等が認められれば、連鎖的に他の労働者も請求する可能性があるため、高額の支払いが一気に発生し、会社の経営状況が悪化するおそれがあります。

賃金の支払いに関する法律上の定め

使用者が労働者に賃金を支払う際のルールとして、以下の5つの原則が定められています(労働基準法24条)。
従業員から未払い賃金等を請求された場合は、会社としてこれらのルールを遵守していたことを主張する必要があります。

①通貨払いの原則

賃金は基本的に、現物ではなく、現金で支払わなければなりません。
ただし、労働者の同意を得たならば、口座振り込みで賃金を支払うことが可能です。
また、労働協約等による定めがある場合には、通勤定期券の支給や住宅の貸与などの現物支給も認められます。

②直接払いの原則

賃金は労働者本人に直接支払わなければなりません。
そのため、家族などの法定代理人や、労働者の委任を受けた任意代理人、本人の債権者への賃金の支払いは違法となります。
ただし、病気等で出社できない本人に代わり、賃金を受け取りに来た使者への支払いは認められています。

③全額払いの原則

賃金はその全額を支払わなければなりません。
ただし、所得税や住民税、社会保険料など法律で賃金控除が認められている場合や、労使協定等により、社内預金や社宅賃料、親睦会費などの控除が定められている場合は、賃金から控除することが許されます。

④毎月1回以上払いの原則

賃金は毎月少なくとも1回は支払わなければなりません。ただし、臨時に支払われる賃金(退職金、私傷病手当、見舞金など)やボーナス等は、この原則の適用外となります。

⑤一定期日払いの原則

賃金は、「毎月25日払い」のように、期日を特定して支払わなければなりません。
例えば、月給制の支払い日を「10日~15日の間」「毎月第4金曜日」とすることは違法となります。
ただし、臨時に支払われる賃金やボーナス等は、この原則の適用外となります。

残業代支払いの事前防止策

残業代の支払いを事前に防止するために会社がとるべき対策として、以下のようなものが挙げられます。

・定額残業制の導入

定額残業制(法定外みなし割増賃金制)とは、時間外労働の有無にかかわらず、一定額を残業代として支払う制度です。
定額で残業代を支払うことにより、効率的な仕事が期待でき、無駄な時間外労働が抑えられるため、支払うべき残業代の総額が減るというメリットや、労働者にとっても、月額の固定給が相対的に高額になるなどのメリットがあります。
なお、この制度を有効にするには、就業規則等に以下の項目を明記しておく必要があるとされています。

  1. ①基本給と定額残業代の金額を明確に区別する
  2. ②定額残業代に相当する残業時間
  3. ③実際の時間外労働、休日労働、深夜労働に対する割増賃金が、定額残業代を超えた場合は、差額を支払うこと。

・変形労働時間制の導入

変形労働時間制とは、労働時間を1日ではなく、月・年・週単位で調整する制度です。
この制度の導入により、忙しい日とそうでない日とのメリハリをつけて、所定労働時間を割り振ることが可能です。また、季節などにより業務の繁閑の差が大きい業種において、残業代を抑える等の効果が期待できます。
たとえば、1か月の変形労働時間制の場合、1か月以内の期間を平均して各週の所定労働時間を決める制度で、変形期間を平均して、1週間の労働時間が週法定労働時間(原則40時間)以内に定められていれば、たとえ1日8時間、週40時間の法定労働時間を超えたとしても、割増賃金を支払うことなく労働させることができます。
変形労働時間制を導入するためには、その他厳格に定められた要件をすべてみたす必要がありますので、正しく把握する必要があります。

・事業場外みなし労働時間制の導入

外回りの営業や地方出張など労働時間の管理が困難な業務を行う者について、あらかじめ定めた時間働いたものとみなす制度です。
例えば、外回りを3時間した場合でも、11時間した場合でも、いずれも、みなし労働時間(例えば8時間)で働いたものとみなします。使用者にとっては、事業場外で行われる労働については実労働時間の把握・算定が難しいため、これを免除するという趣旨です。
ただし、みなし労働時間が法定労働時間を超えたり、深夜・休日労働が行われたりした場合は、割増賃金の支払いが発生するため、注意が必要です。
この制度は、時間外労働に対する割増賃金支払い義務を定めた労働基準法の原則に対する例外規定であるため、有効に導入するには、以下の要件を充たす必要があります。

  • 労働者が、労働時間の全部又は一部について事業場外で労働したこと
  • 使用者の具体的な指揮・監督が及ばず、労働時間を算定し難いこと

「労働時間を算定し難いとき」と言えるか否かについて、厳格に判断されますので、注意が必要です。

・裁量労働制の導入

業務の性質上その遂行方法を大幅に労働者に委ねる必要がある場合に、労働時間を労働者の裁量にまかせて、実際に働いた時間ではなく、あらかじめ定めた「みなし時間」で働いたこととして労働時間を算定する制度です。
例えば、仕事の完成に3時間かかった場合でも、12時間かかった場合でも、みなし時間(例えば8時間)で働いたものとみなすため、残業代の抑制効果が期待できます。
ただし、事業場外みなし労働時間制と同じく、みなし労働時間が法定労働時間を超えたり、深夜・休日労働が行われたりした場合は、割増賃金の支払いが必要となります。
裁量労働制は、「専門業務型」と「企画業務型」の2種類に分けられ、前者は、例えば研究開発等の業務、取材・制作業務、弁護士やシステムコンサルタントなど、後者は事業運営の企画、立案、調査、分析を行う業務が対象となります。
なお、いずれの導入においても、本人同意を得ることや同意の撤回の手続きを定めること、就業規則または労働協約の定めがあること、労働基準監督署に協定届出・決議届出を行うなどの必要がありますが、企画業務型の導入は、専門業務型よりも要件が厳しく、要件をみたす労使委員会の設置・5分の4以上の多数による決議と届出なども必要になります。

未払い残業代の支払い義務と罰則

残業代(時間外・休日・深夜労働の割増賃金)を支払わなかった使用者には、6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金が科される場合があります(労基法37条、119条1号)。

事業主ではない使用者が違反した場合、当該使用者は事業主のために違反しているのが通常であるため、違反者が、事業主のために行為した代理人、使用人、その他の従業者に当たる場合、事業主も罰金刑の対象となる両罰規定が定められています(同法121条1項本文)。

この点、事業主が違反の防止に必要な措置をとっていた場合は、両罰規定の対象とはならない(同法121条1項但し書き)と規定されていますが、一般的抽象的に予防措置をとっていたというだけでは足りないとされています。

残業時間の立証責任

残業代を請求する場合、残業時間の立証責任は、基本的に、労働者側にあります。

そのため、労働者が、未払いの残業代があることについて立証できなれば、会社は残業代を支払う必要がないことになります。

しかし、裁判等になった場合に、会社側にタイムカードや勤怠管理表等の開示が求められる場合があり、これらの資料を提出できないと、会社側の労働時間の管理に問題があったとされ、従業員の主張が認められてしまう可能性があります。

そこで、残業代請求が行われた場合に備えて、勤怠管理システムなどを活用し、普段より従業員の労働時間を正確に把握・管理しておくことが必要です。

未払い賃金請求の対応

初動対応の重要性

従業員から未払い賃金を請求された場合は、初動対応が重要となります。

まずは、従業員による請求が適正であるか否かを、以下のような手順で検討する必要があります。

①労働者の主張の検討

労働者がいかなる理由をもとに未払い賃金の請求をしているのか、提出された資料等をもとに検討を行い、労働者の請求が適正であるか否か、過大請求ではないかどうかを確認します。

②就業規則等の確認

就業規則や36協定、雇用契約書などを確認し、請求者が主張する未払い賃金の支払い義務が発生しているのか否かを確認します。

③労働時間の把握

当該労働者の労働時間を、タイムカードや勤怠管理表などをもとに確認します。

請求を放置した場合のリスク

未払い賃金請求を放置するのは厳禁です。放置すると、従業員の申告により、労基署による調査が入る可能性があり、是正勧告にも従わず悪質と判断されると、送検される可能性があります。

また、従業員が労働審判・民事裁判を起こす可能性もあり、それにより、風評被害による企業イメージの悪化、他の従業員による請求の連鎖へとつながり、会社の経営状況が悪化するおそれがあります。

会社側が主張すべき反論

未払い賃金を請求された場合、会社側から主張する反論として、以下のようものが挙げられます。

未払い賃金・残業代は発生していない

従業員が主張する労働時間に誤りがあるという反論です。

労働時間とは、使用者の指揮命令下に置かれた時間のことをいいます。

例えば、タイムカード上では働いていることになっていても、使用者の指揮命令下になく労働から離れていた時間については、未払い賃金・残業代は発生しないとの反論が考えられます。

また、従業員による賃金の計算方法が、会社の就業規則等で定めた計算方法と食い違いがある場合は、それを根拠に反論することもできます。

会社の許可なく残業をしていた

会社の許可なく、従業員が自発的な意思により勝手に働いて、残業代を請求してきた場合、その時間は使用者の指揮命令下にないため、労働時間ではないとの反論です。

ただし、形式的には残業を禁止していても、会社として事実上残業を黙認していたり、残業しなければ終わらないような膨大な量の仕事を与えていたりした場合は、裁判等により、残業代が発生すると判断される可能性がありますので、注意が必要です。

管理監督者からの請求である

当該従業員が管理監督者に該当するため、残業代は発生しないとの反論です。

労働基準法41条は、「監督若しくは管理の地位にある者」、つまり管理監督者に該当する者については、労働時間に関する一部の規定を適用しないと定めています。つまり、法定労働時間、休憩、法定休日について適用が除外され、労働時間の上限がありません。

なお、管理監督者として認められるか否かは個別具体的に判断されるところ、以下の事情等が考慮されます。

  1. ①経営者と一体的な立場にある。
  2. ②出退勤に裁量がある。
  3. ③管理職手当など地位と責任にふさわしい賃金が支払われている。
  4. ④人事、労務管理の権限を持っている。

ただし、管理監督者であっても、深夜労働に対する割増賃金は支払う必要があります。

また、部長など肩書があっても、実際の仕事内容は一般社員と変わらないような場合は、「名ばかり管理職」として、残業代を支払わなければならない場合があるため注意が必要です。

定額残業代として支払い済みである

定額残業代を毎月支給している会社であれば、「定額残業代によりすでに残業代は支払い済みである」と反論することが考えられます。

ただし、定額残業代の支払いがあったと法的に認められるためには、就業規則等に定額残業代の金額や、定額残業代に対応している残業時間等が明記され、従業員に周知されている必要があります。

これらの要件を満たしていないと、裁判所等より、定額残業代の制度自体が無効と判断され、従業員の請求が認められてしまう可能性があるため、注意が必要です。

消滅時効が成立している

残業代について、消滅時効が成立しているという反論です。

残業代については、給与支払い日の翌日から数えて「3年」で消滅時効にかかります。
(ただし、令和2年3月31日以前に支払われるべきだった残業代については、2年で消滅時効にかかります)

そのため、請求された日から3年前以前の残業代については、消滅時効の援用を主張し、支払いを免れることができます。

未払い賃金請求の裁判外での和解と注意点

未払い賃金請求について、会社が労働者と裁判外で和解をする場合、労働者は一部または全部の賃金債権を放棄するのが通常です。

しかし、労基法は、労働者の経済生活を保護するために、「賃金全額払いの原則」を定めているため(労基法24条1項)、労働者による賃金債権の放棄が認められるかが問題となります。

この点、判例は、賃金債権の放棄が労働者の自由な意思に基づき行われ、放棄に合理的な理由があるならば、全額払いの原則に違反しないと判断しています(シンガー・ソーイング・メシーン事件・最判昭和48年1月29日)。

よって、未払い賃金について裁判外で和解したとしても、労働者が後になって「会社に賃金債権の放棄を強要させられた」「和解内容が間違っている」などと主張して争った場合、和解が無効となる可能性があります。

そのため、再度未払い賃金を請求されることのないよう、会社側で和解の経緯について詳細な記録をとり、和解が成立する前に、和解案に不備がないか十分に検討することが求められます。

付加金・遅延損害金の発生

労働者が、未払い賃金・残業代を支払わなかった使用者に対し、裁判上未払い金の請求をした場合、裁判所が未払い額と同額の付加金の支払い、つまり2倍の金額の支払いを命じることができるとされています(労基法114条)。
必ず付加金が命じられるというものではなく、法違反の程度や態様、労働者の利益の性質・内容等の事情を考慮して裁判所が支払いを命じるか否か、また支払う場合にはその額を決めるものとされています。

付加金の対象となる賃金は以下のとおりです。

  1. ①解雇予告手当
  2. ②休業手当
  3. ③時間外・休日・深夜労働の割増賃金
  4. ④年次有給休暇中の賃金

また、賃金(割増賃金、給与、賞与など)の未払いが認められると、支払いが遅れた分の遅延損害金を支払う必要があります。
未払い賃金に対する遅延損害金は年3%(2020年4月の法改正時)ですが、退職後の未払い期間の利息は年14.6%となるおそれがあります。

弁護士に依頼すべき理由

未払い賃金・残業代請求については、管理監督者の該当性や定額残業制の有効性など、高度な法的知識が必要とされるケースが多々あるため、法律の専門家である弁護士に依頼することをおすすめいたします。

弁護士は依頼に基づいて、従業員からの未払い賃金・残業代等の請求に対して、企業側の代理人として就業規則や雇用契約書等を精査し、従業員の労働実態を把握したうえで、法的・実務的知識をもとに、適切な未払い賃金・残業代を算定したうえ、解決に向けてのアドバイスや法的な手続きを行います。
法的な手続きとしては、交渉は勿論、労働審判や裁判となった場合にも、専門的知識に基づき全面的なサポートを行うことが可能です。

さらに、今後同様のトラブルが発生しないよう、労働管理体制の構築、就業規則等の見直しのアドバイス等も承ります。

弁護士法人ALGは、企業側の労働問題に対する豊富な相談実績を有しており、労使間トラブルについて最適な解決方法をご提案することが可能ですので、ぜひ一度弊所までご相談ください。

千葉法律事務所 所長 弁護士 大西 晶
監修:弁護士 大西 晶弁護士法人ALG&Associates 千葉法律事務所 所長
保有資格医学博士・弁護士(千葉県弁護士会所属・登録番号:53982)
千葉県弁護士会所属。弁護士法人ALG&Associatesでは高品質の法的サービスを提供し、顧客満足のみならず、「顧客感動」を目指し、新しい法的サービスの提供に努めています。

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