監修弁護士 大西 晶弁護士法人ALG&Associates 千葉法律事務所 所長 弁護士
会社と労働者との間で、未払い賃金・残業代の請求や解雇問題などの個別労働紛争が生じた場合は、他の社員のモチベーションの低下や企業イメージの悪化を招くリスクがあるため、できる限り迅速な解決を目指す必要があります。
個別労働紛争の解決方法としては、会社と労働者の話し合い、民事裁判、ADRなどの手続きが挙げられますが、中でも、迅速かつ低コストでの紛争解決が期待できる手段として、「労働審判」制度があることをご存じでしょうか?
本記事では、労働審判による個別労働紛争の解決手続の流れや、メリット等について解説していきますので、ぜひ参考になさってください。
目次
個別労働紛争とは
個別労働紛争とは、賃金の引き下げや解雇、雇止め、配置転換など、個々の労働者と事業主との間の労働関係に関する紛争のことをいいます。つまり、労働者と会社間における労働トラブルのことです。
個別労働紛争の具体例として、以下のようなケースが挙げられます。
- 残業代や未払い賃金の請求
- 解雇・雇止めの有効性
- 賃金の引き下げ
- 退職金の請求
- 各種ハラスメント(セクハラ・マタハラ・パワハラなど)
- 配置転換や出向
- 採用内定取り消しなど
個別労働紛争は民事上のトラブルであるため、当事者間の交渉による解決が望ましいですが、当事者間で解決を図ることが困難な場合は、労働関係の専門家を介して解決を目指す「労働審判」という制度を利用する選択肢があります。
労働審判とは
労働審判とは、賃金の未払いや解雇の有効性など、個々の労働者と会社との間の労働関係トラブルについて、裁判所を介して話し合い、迅速かつ適切に解決するための手続きです(労審法1条)。
具体的には、労働審判官(裁判官)1名と、労使関係の専門家である労働審判員2名で構成された労働審判委員会が仲介に入り、原則として3回以内の期日で紛争を審理し、両当事者の意見を調整しながら、「調停」による和解を試みます。
話し合いがまとまらない場合は、労働審判委員会が、事案の実情を踏まえた解決方法を示す「審判」を行います。
通常の裁判(民事訴訟)は1年以上を要するケースが多いですが、労働審判は基本的に3回以内の期日で終了でき、多くの場合、申立てから3ヶ月程度で終結するため、民事訴訟を行うよりも早期解決が期待できます。
ただし、審判には異議申立てが可能であり、一方の当事者から異議があれば、民事訴訟へと進むことになります。
対象となる事件
労働関係のトラブルでありさえすれば、すべて労働審判が利用できるわけではありません。
労働審判の対象となる事件は、「個々の労働者と会社との間の個別労働紛争」のみに限定されます(労審法1条)。
具体的には、以下のようなケースが挙げられます。
- 未払い賃金・残業代の請求
- 解雇や雇止め、懲戒処分の有効性を争う事件
- 退職金の請求
- 解雇予告手当の請求
- セクハラ・パワハラなどのハラスメントによる使用者責任や安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求
- 採用内定後の内定取り消し
- 派遣先会社と派遣社員間のトラブルなど
また、労働組合への加入を理由とした解雇等も個別労働紛争に入るため、労働審判の対象となります。
対象とならない事件
個人対個人や、労働組合と会社、国・地方公共団体と公務員との間に生じる紛争は、労働審判の対象外となります。
具体的には、以下のようなケースが挙げられます。
- 会社代表者や特定の労働者など、個人を相手方にして損害賠償請求などを行う紛争
- 使用者と労働者の間の消費貸借に関する紛争
- 国・地方公共団体と公務員との間に生じる公務員間紛争(行政事件)
- 労働組合と会社との間の紛争(集団的労働関係紛争)
- 募集や採用に関する紛争
よって、上記の紛争解決のためには、訴訟を利用することになります。
例えば、パワハラを行った上司個人と労働審判で争うことはできません。この場合は、民事訴訟を提起し、上司個人に対し、不法行為に基づく損害賠償請求等を行うことになります。
また、募集や採用に関する紛争については、労働契約締結前のトラブルであるため、労働審判の対象外となります。
労働審判のメリット
労働審判には、主に以下のようなメリットがあります。
・迅速な解決が見込める
民事訴訟の平均審理期間は1年~1年半程度であり、労力がかかりますが、労働審判の平均審理期間は3ヶ月程度であるため、トラブルの早期解決が見込めます。
・柔軟に解決できる
労働審判は、迅速かつ柔軟なトラブル解決を図る手続であるため、当事者同士が合意さえすれば、訴訟のように法律や証拠などに縛られることなく、実情を踏まえた柔軟な解決を図ることができます。
・非公開で行われる
裁判と異なり、労働審判は非公開で行われます。そのため、トラブルの内容が外部に漏れる可能性は低くなるため、会社側としては、企業イメージが悪化するリスクを減らすことができます。
・法的に妥当な解決案を提示してもらえる
労働者と事業主だけで話し合うと、労働者が感情的になり、法外な賠償金を請求してくる可能性もあります。
しかし、労働審判では、労使トラブルの専門家が法的に妥当な解決案を提示してくれるため、適正な内容での解決を実現できます。
・強制執行ができる
労働審判で決まった調停内容や審判には、判決と同一の執行力が認められます。
仮に、相手が義務を守らない場合は、調停調書や審判書をもとに強制執行を申し立て、相手の財産を差押えて、強制的に金銭等を回収することができます。
労働審判のデメリット
これに対し、労働審判には以下のようなデメリットもあります。
・異議申立てをされると最終解決とはならない
労働審判の結果に不満のある当事者が異議申立てを行うと、労働審判から訴訟へと移行します。
そのため、労働審判を行えば、必ず最終解決できるというわけではありません。
現状では、労働審判を言い渡された者のうち6割程度が異議申立てを行っています。
・期日間で適切な主張ができないと審判で不利になる
メリットの裏返しとはなりますが、比較的短期間で手続きは終了します。
資料の提出や主張は限られた時間の中で行わなければならず、十分な主張や資料の提出が行なわれないと、不利な審判が下されるおそれがあります。
・労働者本人や事業主が直接審判に出席する可能性が高い
通常の裁判では、主に出廷するのは弁護士であり、当事者本人が出廷することは、尋問の場合をのぞけば、ほとんどないのが通常です。
一方、労働審判では、多くの場合、第1回目の期日から、労働者本人や事業主、管理者などが出席しています。そのため、出廷を希望しない当事者にとっては、ストレスがかかる可能性があります。
労働審判手続きの流れ
それでは、労働審判の具体的な手続きの流れについて確認していきましょう。
労働審判の申立て
労働審判は、申立人が管轄の地方裁判所に「労働審判手続申立書」を提出することにより、開始されます。
労働者側が申し立てるケースが多いですが、会社側からも申し立てることが可能です。
申立書には、主に以下の事項を記載します。
- 申立ての趣旨
- 申立ての理由
- 予想される争点及び争点に関連する重要な事実
- 申立てに至る経緯の概要
予想される争点に関する証拠があるならば、証拠書類も提出します。例えば、賃金の未払い請求のケースであれば、雇用契約書や就業規則、給与明細、勤怠管理表の写しなどを提出します。
申立てがなされると、相手方に、申立書と「労働審判手続期日呼出状及び答弁書催告書」が郵送されます。
呼出状及び催告書には、労働審判の第1回期日(申立てから原則40日以内の日)と、答弁書の提出期限が記載されています。
相手方は、提出期限までに、答弁書と反論の証拠を、裁判所と申立人に提出しなければなりません。
答弁書における争点整理
答弁書とは、申立書の内容に対する主張や反論を書いた書面のことです。申立書を受けとった相手方は、裁判所が指定する期限内に、答弁書と証拠書類を提出しなければなりません。
答弁書に記載するべき事項は、以下のとおりです(労働審判規則16条1項)。
- 申立ての趣旨に対する答弁
- 申立書に記載された事実に対する認否
- 答弁を理由づける具体的な事実
- 予想される争点及び当該争点に関連する重要な事実
- 予想される争点ごとの証拠
- 当事者間においてされた交渉その他の申立てに至る経緯の概要
労働審判では、第1回期日における当事者の主張が、審判の結果を大きく左右します。
そのため、当事者から詳細な事情聴取を行い、答弁書に主張・反論したいことを盛り込み、有効な答弁書を作成・提出する必要があります。
また、反論の証拠書類も収集しておかなければなりません。
会社側にとって有利な答弁書を作成するためには、労働法や実務上の知識が必要となるため、労働審判申立書を受けとった場合は、できる限り早めに弁護士に相談することを推奨いたします。
第1回期日までの準備
労働審判委員会は、第1回期日までに提出される答弁書や証拠書類、両当事者の主張を踏まえて、心証を形成します。
よって、答弁書に主張・反論したいことや、想定される裁判官からの質問や回答などを全て盛りこみ、その根拠となる証拠書類を収集して、第1回期日に臨む必要があります。
また、第1回期日では、証拠調べとして、当事者(労働者本人、会社の代表者、会社担当者など)に直接事情を質問する「審尋」が行われるのが通例です。
裁判官からの質問に適切に回答しないと、心証が悪くなる可能性があるため、第1回期日に出頭する当事者(会社代表者や上司など)は、予想される質問や回答をあらかじめ整理して、適切に答えられるよう準備しておく必要があります。
期日における審理(第1回~第3回)
第1回期日では、労働審判委員会が、申立書と答弁書の内容を踏まえて、当事者双方の言い分を聴き、争点を整理し、証拠調べとして、当事者に直接事情を聴取する「審尋」を行います。
多くの場合、審尋後に、「調停」という話し合いによる解決が試みられます。
具体的には、審尋が終わった後に、労働審判委員会が評議を行い、その後、申立人と相手方が交代に呼ばれて、調停についての意向(例えば、何円までなら解決金を支払うことが可能かなど)が確認され、合意ができそうであれば、調停(和解)が成立します。
第1回で調停がまとまらなかった場合は、第2回、第3回期日で、両当事者が労働審判委員会と交代で面談を行い、引き続き調停による解決が試みられます。
第3回期日でも合意に至らなかった場合は、調停不成立となり、労働審判委員会が、事案の実情に即した判断(審判)を下します。
利害関係人の参加の可否
労働審判の結果に関して利害関係のある者は、労働審判委員会の許可を得れば、労働審判に任意参加することが可能です。
また、労働審判委員会が相当であると認めた場合は、利害関係人を労働審判に強制参加させることができます(労働審判法29条2項、民調法11条)。
例えば、従業員がパワハラ行為を受け、会社に対して使用者責任を訴える場合、パワハラの行為者本人を利害関係人として参加させることが可能です。
ただし、任意参加・強制参加は、いずれも労働審判委員会の裁量で行われるものであるため、当事者が拒絶することはできません。
また、利害関係人の陳述についても労働審判の判断資料となるため、利害関係人の参加の有無が、審判の結果に大きな影響を与える場合があります。
複雑事件における審判手続きの終了
労働審判委員会は、労働審判の申立てがあったとしても、以下のような場合に、労働審判を終了させることができます(労審法24条1項、いわゆる24条終了)。
- 事案の性質上3回以内の期日で審理を終えることが難しい事案
- 労働審判による解決に適さない事案が申し立てられた場合に、労働審判を行うことが適当でないと判断した場合
24条によって労働審判が終了した場合は、労働審判がそのまま訴訟へと移行することになります(労審法24条2項、22条)。
24条終了が行われるケースとして、以下のようなケースが挙げられます。
- 事実認定のため、多くの証人尋問を必要とする事案(ハラスメント問題など)
- 大量の証拠書類の精査が必要となる事案(残業代請求など)
- 高度な専門的知識が必要とされる事案(発明の対価など)
- 労使の合意が難しく、異議申立てが想定される事案(従業員が復職を求める解雇事件など)
調停の試み
労働審判では、適宜、「調停」という話し合いによる解決が試みられます。現状では、第1回期日から調停が試みられることが多く、労働審判事件のうち約70%が調停により終了しています。
話し合いがまとまると、調停が成立し、調停の内容が「労働審判手続期日調書(調停成立)」に記載されます。
例えば、以下のような条項が調書に盛り込まれます。
- 解決金の支払義務があること
- 解決金を指定した期限までに支払うこと
- 退職したことを確認すること
- 調停条項に定めるもの以外の請求を放棄すること
- 調停条項に定めるもの以外に債権債務関係がないことを確認すること
- 調停内容を正当な理由なく口外しないこと
調書は、裁判上の和解と同一の効力を持ちます。そのため、例えば、会社が解決金を期限内に支払わなかったような場合は、調書をもとに強制執行をかけられ、会社の預金や不動産等が差し押さえられる可能性があります。
労働審判の言い渡し
調停が不成立となった場合は、これまで審理した結果をもとに、労働審判委員会が審判を言い渡します。
この際、主文及び理由の要旨を記載した審判書が作成され、両当事者に送達されるのが通常ですが、口頭で告知される場合もあります。
審判の内容と効力
労働審判は「審判書の送達」又は口頭で「労働審判の告知を受けた日」から2週間以内に異議申立てがなされない場合は審判が確定し、裁判上の和解と同じ効力を持つことになります(労審法21条4項)。
そのため、例えば、解決金の支払いが期限内に行われないなど、当事者が審判書に書かれた義務を履行しないような場合は、審判書をもとに強制執行をかけ、当事者の預金や不動産、債権等を差押えることが可能です。
異議申立て
労働審判の内容に不満がある場合は、「審判書の送達」又は口頭で「労働審判の告知を受けた日」から2週間以内であれば、異議申立てを行うことが可能です(労審法21条1項)。
適法な異議申立てがなされると、労働審判は効力を失い、労働審判の申立て時に遡って訴訟が提起されたとみなされるため、民事裁判へと移行します。民事裁判を行う裁判所は、労働審判を行った同じ地方裁判所となります。
ただし、異議申立ては取り下げることができないため、慎重に行う必要があります。
また、労働審判と民事裁判は異なる手続であるため、労働審判で提出した事件記録は申立書以外引き継がれません。
よって、民事裁判の際、再度、証拠書類や証拠説明書等の事件記録を提出しなければなりません。
労働審判手続きの費用
労働審判を申し立てる場合は、申立書等の必要書類と併せて、申立手数料(印紙)と郵便代(切手)を裁判所に納付しなければなりません。
郵便代は申立先の裁判所により金額が異なりますが、申立手数料は相手に請求する金額に応じて、一定の金額が決められています。請求額が高いほど、申立手数料も高額になります。
労働審判の申立手数料は、おおよそ訴訟の2分の1程度の金額となっていますので、手数料を抑える観点からも、労働審判を申し立てるメリットは大きいといえます。
なお、労働審判から訴訟へと移行した場合は、裁判所に申立手数料と郵便代の差額を納めることになります。
-
保有資格医学博士・弁護士(千葉県弁護士会所属・登録番号:53982)
来所・zoom相談初回1時間無料
企業側人事労務に関するご相談
- ※電話相談の場合:1時間10,000円(税込11,000円)
- ※1時間以降は30分毎に5,000円(税込5,500円)の有料相談になります。
- ※30分未満の延長でも5,000円(税込5,500円)が発生いたします。
- ※相談内容によっては有料相談となる場合があります。
- ※無断キャンセルされた場合、次回の相談料:1時間10,000円(税込み11,000円)